南伊勢町(みなみいせ)検索

三重県度会郡
【トピック】2005/10/01 南勢町と南島町が合併して誕生

------------ 旧南勢町のデータ ----------------
【いわれ】一般公募により、次の理由で決定。
     1.伊勢国の南に位置していること
     2.使用文字が平易であること
     3.応募中最も多数を占めていたこと
【シンボル】花(ササユリ)、木(ウバメガシ)、鳥(なし)
【日本一】ミカン
     真珠
【観光】愛州の里(愛州氏の居城(五ケ所城)跡一帯を整備した飾り気のない素朴な里)
    南海展望公園(五ヶ所湾を一望する海抜150mの公園)
    切原の白滝(上流から人家はなく、樹林に囲まれた静かな谷間の滝つぼからすくって飲む水は冷たくておいしい)
    押渕の白滝、鬼ヶ城(滝には白竜、山には鬼が住んでいたという)
    五ヶ所城と愛州陰流(五ヶ所城は愛州城ともいわれ南朝の忠臣愛州一族の居城)
    愛州移香斎久忠(剣の奥義を悟った愛州陰流を創始。剣祖祭が8月盆後の日曜日に城跡で実施)
    正泉寺(如意山と号する曹洞宗の寺。寿山印禅師の開創。上部に穴が開いた釣り鐘がある)
    青龍寺(臨済宗妙心寺派。愛州氏の菩提寺)
    医王寺(浄土真宗本願寺派。本尊は薬師三尊)
    獅子島のハマジンチョウ(島の西側の浜の赤い鳥居のそばに1株のハマジンチョウがある。2月初旬に薄紫の可憐な花をつける)
    宿浦・田曽浦(遠洋漁業では日本屈指の港)
    相賀浦(長いなぎさが弧を描く砂州、相賀ニワ浜は五ヶ所湾でも最も絵になる風景)
【名産】ミカン
    生鮮魚
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よさもと(夕方)
てんぷに(すごい)
おとし(怖い)
あばばい(まぶしい)
------------ 旧南島町のデータ ----------------
三重県度会郡
【いわれ】この地方は昔から南島あるいは南島地方と呼びならわされてきた。当地方は歴史的にゆかりの深い南島という古称を公募により決定、使用した
【シンボル】花(なし)、木(モッコク)、鳥(なし)
【日本一】鵜倉園地からの展望(視界360度のリアス式海岸の美しさが満喫できる。かさらぎ、見江島、橘あけぼのの4展望台がある)
     河村端賢翁像(南島町出身の江戸時代の大実業家の銅像)
     サーモンピンクの親子大橋(贄湾(にえわん)にまたがる南島大橋と阿曽浦大橋)
【観光】リアス式海岸美(複雑に入り組んだ半島や入江、小島、絶壁、岩石など)
    海(紺碧の熊野灘のもたらす海の幸と観光)
    釣り(タイ、ブリ、ハマチ、伊勢エビ、アワビ、サザエなど)
    道方の浮島(周囲の水田は昔の海跡湖で水田の水位の上昇下降とともに島も上下する。東西22m南北83mの長円形の平地)
    南島大橋・阿曽浦大橋(南島大橋は昭和43年完成の長さ155m九州の天草五橋の1つ松島橋に次いで第2位の規模、阿曽浦大橋は昭和45年に完成)
    風呂屋川古戦場(享禄4年(1531)の秋、海賊と弓の達人帝釈勘解由左エ門らが戦ったところで海賊達に敗れた)
    宇久良行宮跡(垂仁天皇25年皇女倭姫命が天照大神の鎮座の地を探し求めてこの地方に入りしばらく奉祀したところ)
    河村瑞賢生誕地(奥羽地方の海運改革と畿内の治水工事などの業績を残した)
    大仙寺(臨済宗妙心寺派で河村家の菩提寺)
    八柱神社(往古天王社と称し文禄年間(1592〜1595)東宮・河村謙之の先祖が造営)
    鵜倉園地(標高191mの山上一帯は園地として利用され周囲の眺望は南島一の景勝地)
    仙宮神社(上ノ宮と呼ばれ祭神は猿田彦命ほか5座)
    倭姫命腰掛岩(石碑が残る)
    金網山西方寺(奈津観音堂)
    奈津西国三十三ヶ所霊所
    与崎の鼻(老松の茂る岬の突端に白い灯台があり神前湾が一望できる景勝地)
    薬師山城跡(延元元年(1336)北畠親房の招請に応じた吉津の豪族加藤氏の城跡)
【名産】海産物(タイ、ハマチ、ヒラメなど)
    イチゴ
    シイタケ
    干物類
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あんな(あのね)
いなば(ずるい)
しいな(しなさい)
すか(外れ)
やんか(わがまま)